大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

小倉簡易裁判所 昭和59年(ハ)1600号 判決

原告

興梠友子

右訴訟代理人弁護士

配川寿好

被告

東洋商事こと

大山昌徳こと

徐昌徳

右訴訟代理人弁護士

山崎辰雄

主文

一、原告の被告に対する別紙債務目録記載の金銭消費貸借契約に基づく元本債務が存在しないことを確認する。

二、被告は原告に対し金二万九、七四一円及びこれに対する昭和五九年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文一項と同旨

2. 被告は原告に対し金二二万九、七四一円及びこれに対する昭和五九年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

4. 第2項につき仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  本案前の答弁

1. 本件訴を却下する。

(二)  本案の答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告は被告から別紙債務目録記載のとおり金銭を借り受けた。

2. 原告は被告に対し、昭和五九年三月二七日一万七、二〇〇円、同年四月二七日一万六、八二〇円、同年七月七日二万二、一五五円弁済した。これを法定利息に従つて元本充当すると同年七月七日現在で残元本は七万〇、二五九円となる。

3. 原告は被告に対するものも含めて多額の負債があつたのでその整理を原告代理人に委任した。原告代理人は昭和五九年六月八日被告に書面を送り「これまでの支払額を利息制限法の利率の範囲内で充当計算すると昭和五九年六月一五日現在の債務額は九万一、四四五円となるが、この金額に異存ある場合は貸付台帳等の関係資料のコピーを送付すること、利息制限法を基準としない解決法には応じかねる。この通知にかかわらず原告やその関係者に対して弁済要求等がなされることがあればしかるべき法的手続をとること」を通知した。

4. しかるに被告は右通知を無視し次のような不当且つ違法な弁済請求を執拗に続けた。

(一)  同五九年六月一二日原告代理人に「利息制限法に従うことは出来ない」と述べ、又原告に対し「利息制限法は関係ない。請求額と弁護士の提示額の差額分一万八、〇〇〇円を支払え」「保証人のところに行つても良い」「保証人の工藤さんが泣きよつたよ、たつた二万〇、〇〇〇円で保証人に迷惑をかけることはないよ」、「テープにとろうと何しようと俺には関係ない」「これくらいのことで電話を取られると勿体ないやろ」等と嫌がらせの電話をかけ、原告代理人を除外しての解決方をしきりに強要してきた。

(二)  そこで原告代理人は同年六月一四日被告に対し、「このような違法行為を直ちに止めるように」と再び文書で求めた。それにも拘らず、被告は同月二六日昼頃原告宅に来て「至急連絡して欲しい、連絡のない時は保証人に払つて貰う」旨記載の名刺を置いて帰り、同日午後八時三〇分頃再び原告方に来て、「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」「私は夜中でも取立に来る」「破産宣告をしても絶対に取立てた」等強迫的言い回しで原告に残りの二万〇、〇〇〇円の支払方を強要した。さらにこのような状況下で畏怖状態にある原告に対し念書を書くことを強要した。原告は書きたくなかつたが、当時夫も不在で夜も遅かつたのでこのまゝ長居されても困ると思い、止むなく被告が出した名刺の裏に「念書弁護士のいう残金を担保としている電話で支払います」旨書いた。被告は「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話してくれ」と言い残しやつと帰つた。

(三)  同年七月四日、被告は、保証人となつている訴外古田千絵に対し「興梠が汚いやり方をしているので残金二万〇、〇〇〇円を支払つてくれ」と請求した。

(四)  同年七月一九日午前九時頃、被告は本件消費貸借契約の連帯保証人である訴外古田千絵、同工藤弘美を同行して原告宅に来て、原告に対し「念書を書いたことを弁護士に言うとは一体どういうことなのか、念書を書いたことですでに終つた筈でないか」とか、同年六月二一日付訴状を示しながら「裁判をするならしろ」「精神的苦痛とは何か、残金の代わりに電話をとるという説明をした丈でしようが、それが精神的苦痛か」「保証人にもたつた二万〇、〇〇〇円位で迷惑をかけてどうするつもりね、何を考えているか分らん」「裁判に負けても他に取る方法は幾らもある」「お宅は弁護士さんに利用されている丈だ」「お宅も裁判はしたくないんやろ、保証人二人、弁護士と沢山の人に迷惑をかけても良いのかね」「弁護士に話をして裁判を取り下げて貰い、金を支払うようにして下さい」「性格がひねくれている」「保証人が支払つた分はあなたが支払はねばならぬが、支払えないのなら私が代りに支払つてもよい、私には毎月いくらでも良いから支払つてくれゝば良い」「二万円の支払をうけたことは弁護士に言うな」等次々と述べた。そして同行した保証人にも原告を説得するよう強要した。

被告は以上のような言動を続けながら、異様な目でにらみつけたり、歯ぎしりしたり、大声を出したりした。その状態が約三時間にも及んだゝめ原告は恐怖感で口も利けない様な雰囲気で精神的に相当のショックを受けた。

(五)  同年七月二五日午前一二時頃、被告は原告に「弁護士にちやんと言つたやろね。すぐ弁護士に電話して下さい」と電話をかけてきた。

5. 以上のとおり原告代理人から被告に対し代理人選任を受けた旨、及び利息制限法による残元本につき直ちに支払う旨の通知がされているのであるから、被告の原告に対する支払の強要は強い制約を受けるべきである。特に原告の方から被告の支払請求をやめさせるために本訴を提起したのに、その訴状を持参して裁判の取下を迫つたり、訴状記載の字句を口実にその説明を強要するということは、原告の裁判を受ける権利を不当に侵害するものである。又被告が保証人二人を同行し保証人の方から原告に支払を催促させる行為は原告と保証人との人的関係を不当に利用した悪質且つ巧妙な取立行為である。更に原告代理人による通知、訴提起の事実を無視して直接原告方に赴き脅迫的言辞を弄したり、畏怖状態にある原告から念書を取りつけているのである。かような被告の行為は債権の回収方法として社会通念上許容される範囲を逸脱したもので、貸金業の規制等に関する法律二一条、同法に関する大蔵省通達第二・三・(1)・ロ・(ロ)、ハ・(ロ)に反する行為である。被告は原告が右違法行為により受けた損害を賠償する責任がある。

原告は被告の前記違法行為により著しい精神的苦痛を蒙つた。これに対する慰籍料の額は三〇万〇、〇〇〇円が相当である。

6. 原告は被告に対し、右損害賠償債権三〇万〇、〇〇〇円と被告の原告に対する前記2の本件貸金残元本債権七万〇、二五九円を対当額にて相殺する旨本件訴状送達により意思表示した。

7. よつて、原告は被告に対し、別紙債務目録記載の金銭消費貸借契約に基づく元本債務の不存在確認と、相殺後の慰籍料残額二二万九、七四一円と、これに対する本訴状が被告に送達された昭和五九年八月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告の本案前の主張

原告が本訴提起した後の昭和五九年七月二〇日、原告は被告に対し「告訴は私の本意でなく弁護士のしたことなので取下げます」と訴取下の意思を明確に表示した。よつて原告被告間の訴取下契約が成立したので、本訴は、権利保護の利益を欠くものである。

三、被告の本案前の主張に対する原告の答弁

原告被告間で被告主張のとおりの合意書が作られたことは認める。しかし、それは前記一、4、(四)で述べた異状な状況下で原告は恐怖を感じそれから解放されたく被告の言はれるまゝに書いたもので原告の真意によるものではなかつた。しかもその時は原告はすでに弁護士である代理人を選任し解決方法を依頼しているのであるから、本件解決に関する意思表示はすべて代理人を通して表明し初めて完全なものとなるのであるから、原告代理人抜きでなされた訴取下契約は成立していないものと言はねばならない。又原告代理人を無視して原告に直接支払請求することは前記大蔵省第二・三・(1)・ハ・(ロ)の規定を形骸化するものでその意味からも本件取下げ契約は無効と言はざるを得ない。以上の観点からも取下げ契約は成立していない。又、仮りに成立しているとしても前記のとおり被告の強迫により作成されたものであり、原告は被告に対し昭和五九年一〇月二日付準備書面で取消の意思表示をしているので無効である。

四、請求原因に対する認否及び被告の主張

1. 請求原因1の事実は支払日を除いて認める。支払日は昭和五九年四月二七日である。

2. 同2の事実中、昭和五九年四月二七日一万六、八二〇円支払はれたこと、同年七月七日現在の残元本が七万〇二五九円であることは認める。その余は否認する。

3. 同3の事実中、原告が負債整理を原告代理人に委任したことは知らない。その余の部分は認める。

4. 同4(一)の事実中、同五九年六月一二日被告が原告代理人と原告に電話したことは認めるもその内容は否認する。原告代理人には一万八、〇〇〇円の支払を求めたもので、原告には、原告において支払はないときは保証人に請求する可能性があると述べた丈である。「嫌がらせの電話をかけ、原告代理人を除外しての解決方を強要した」という点は否認する。

5. 同4(二)の事実中、原告代理人から六月一四日文書が来たことは認めるも、その内容は否認する。又被告が六月二六日昼頃原告宅に行き原告主張のとおり内容を記載した名刺を置いて帰つたこと、同日午後八時三〇分頃再び原告宅に行き「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」と原告に述べたこと、名刺の裏に原告主張通りの文言を念書として書かせたこと、被告が「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話してくれ」と言い残して帰つたことは認めるもその余の事実は否認する。

6. 同4(三)の事実については古田千絵に電話による請求の事実はあるも、その内容は否認する。

7. 同4(四)の事実中原告主張どおりの日時に被告は古田千絵、工藤弘美を同行して原告宅に行つたこと、原告に「念書を書いたことですでに終つたはずでないか」とか「精神的苦痛とは何か」と尋ねたこと、「保証人が支払つた分はあなたが支払はねばならぬが、支払えないなら私が代りに支払つてもよい」「弁護士と話をして裁判を取り下げてもらい、金を支払うようにして下さい」と述べたことは認めるもその余の事実は否認する。雰囲気も原告主張の如くでなく強要、脅迫的言辞を使つたようなことは全くない。

8. 同4(五)の事実については、原告主張の日時に原告に電話をしたことは認めるが、その内容は否認する。

9. 同5の事実は否認する。被告の行為は法に反してないので不法行為とはならない。

10. 同6の事実は否認する。

11.(被告の反論)

被告の行為は何ら違法不当な点はない。

(一)  被告が原告方を訪問したのは六月二七日、七月二〇日の二回でその間二二日の間隔がある。もつとも六月二七日には二回行つているが、一回目は原告が不在であつたゝめ名刺を置いて帰つている。従つて、前記大蔵省通達第二・三・(1)・ロ・(ロ)に定める反覆又は継続した訪問には該らない。

(二)  被告の原告宅への訪問が弁護士である原告代理人の受任後になされたことは事実である。

しかし六月二七日は原告が債務を履行しないため、すでに担保として差し入れてもらつていた電話加入権を処分する旨の連絡をするために訪問したものである。それは単なる権利行使の通告であり、このことが不意打にならぬよう配慮した行為である。又、七月二〇日は念書の作成後突然訴状の送達があつたので原告の真意確認の目的で訪問したものである。そうして被告としてはこのような時期に訪問することは事後にいろいろと誤解を受ける心配があつたので中立的第三者の立会を必要と考え保証人二人を同行した。ところが原告は訴の提起がされていることを知らず、逆に驚いて善処する旨告げ保証人が仲に入り和解書が作成されたのである。従つて右行為はいずれも前記大蔵省通達の前同条項にいう正当な理由にもとづくものと解されるのである。

第三、証拠〈省略〉

理由

第一、(本案前の主張について)

被告は本案前の申立として本件訴は原告被告間で訴取下契約が成立しているので却下さるべきである旨主張するので、まずこの点につき判断する。

原告、被告間で被告主張のとおりの内容の合意書が作成されたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、「被告は七月二〇日午前九時頃訴外工藤千秋、同古田千絵を同行して原告宅に来た。古田は原告と幼時からの友人で、工藤は古田の義姉に当り、両名とも本件消費貸借契約の原告の保証人となつている。被告は原告に訴状を示し『これはどういうことか』精神的苦痛という文言を捉えて、『これがどうして精神的苦痛か』とか『裁判に負けても取る方法はいくらでもある』『保証人にもたつた二万円位で迷惑をかけてどうするつもりか』等と、又古田、工藤は『たつた二万円位で自分達に迷惑をかけてどうするつもりか、何を考えているか分らん』等と激しい口調で交々約三時間近くにわたり責めた。そして原告は被告から訴取下の合意書を書くようにすゝめられたが、古田、工藤からも『早く書いて本件を終らせ迷惑をかけないようにしてくれ』とすゝめられた。当時原告宅には原告と子供二人丈しかいなかつたゝめ、原告は長時間にわたる異常な雰囲気の中で恐怖感を感じそれから逃れたい一心で被告の言うまゝに合意書を作成した」という事実が認められる。証人工藤千秋の証言、被告本人尋問結果中の右認定に反する部分は措信し難い。右認定事実から被告は強迫の故意を有して、原告の恐怖心を利用して原告に訴取下の合意書を作成させたと認めざるを得ない。そして原告は被告に対し昭和五九年一〇月二日付準備書面で右訴取下の合意について取消の意思表示をしたことは記録上明確である。よつて、訴取下の合意は民法九六条により取消により無効となつたと解されるので被告の本案前の主張は理由がない。

第二、本案の主張について

一、本件貸金について

1. 請求原因1の事実のうち、支払日を除いては争いがない。〈証拠〉によれば支払日は「昭和五九年四月二七日」であることが認められる。

2. 請求原因2の事実中、昭和五九年四月二七日原告が被告に一万六、八二〇円支払つたこと、同年七月七日現在の残元本が七万〇、二五九円であることは争いがない。〈証拠〉を総合すると同年三月二七日一万六、七二〇円を原告が、同年七月七日二万二、一五五円を古田がいずれも被告に支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3. 請求原因3の事実中、原告が負債整理を原告代理人に委任したことを除いては争いがない。

〈証拠〉を総合すると原告が負債整理を原告代理人に委任していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、被告の取立行為について

4. 請求原因4(一)の事実中、昭和五九年六月一二日、被告が原告代理人や原告に電話したことは争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、同年同月同日被告が原告代理人に「一万八、〇〇〇円の支払を求める」内容の電話をしたこと、又原告に「弁護士に電話したが話がつかない、差額二万〇、〇〇〇円を支払つてくれ」「二万〇、〇〇〇円位のことで保証人二名に迷惑をかけてはいけない、保証人の工藤が泣きよつたよ」等の内容の電話をしたことが認められるがそれが原告主張の如く嫌がらせの電話であつたこと、原告代理人を除外しての解決方を強要したものであるか否かについては認定するに足りるべき証拠がない。

5. 請求原因4(二)の事実中、六月一四日原告代理人から被告に文書が送られたこと、被告が六月二六日昼頃原告宅に行き原告主張のとおり内容を書いた名刺を置いて帰り、同夜八時三〇分頃再び原告方を訪れ、原告に「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」と述べたこと、原告が被告の出した名刺の裏に原告主張どおりの文言を書いたこと、被告が帰る時「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話をしてくれ」と言い残して帰つたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、「原告代理人は六月一四日付の書面で被告に対し、被告の原告に対する取立行為が貸金業規制法に反しているので、そのような違法行為は直に止めるように警告した。ところが被告は同月二六日昼頃原告宅に来て原告主張どおりの文言を書いた名刺を置いて帰り、同夜八時半頃再び原告宅に来て、「夜中でも取立に行く」「破産宣告を受けた人からも取つて来た」等述べ、原告が弁護士に依頼していると述べると「金を貸しているのはあなただからそれは関係ない」等述べた。原告は二四才の女性で当夜は夫が留守で子供と二人しか居なかつたゝめ被告の態度に畏怖を覚え、止むなく被告の言うなりに被告の出した名刺の裏に念書を書いた。被告は「主人が帰つて残りの二万〇、〇〇〇円を支払うなら電話してくれ」と言い残して帰つた。」等の事実が認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は措信し難い。

6. 請求原因4(三)の事実中、同年七月四日被告が古田千絵に電話したことは当事者間に争いない。そして〈証拠〉を総合するとその電話の内容は原告主張のとおりであつたことが認められる。

7. 請求原因4(四)の事実中原告主張の日時に被告が古田千絵、工藤千秋を同行して原告宅に来て、原告に「念書を書いたことですでに終つた筈ではないか、精神的苦痛とは何か」「保証人が支払つた分はあなたが支払はなければならぬが、支払えないのなら私が代りに支払つてもよい」「弁護士と話をして裁判を取下げてもらい、金を支払うようにして下さい」と述べたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、被告が原告に対し原告主張のとおりのことを述べ約三時間にわたり被告に返済、訴取下を迫つたこと、又同行した古田、工藤も被告に同調して原告に「たつた二万〇、〇〇〇円位で自分達に迷惑をかけるつもりか、何を考えているか分らん」等と交々被告を責めたこと、そして被告、古田、工藤らがいらだち口調が強くなつたゝめ原告は畏怖を覚え、その状態から速かに逃れたい一心で被告の言うがまゝに訴取下の合意書を作成したことが認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は措信し難い。

8. 請求原因4(五)の事実中原告主張の日時に被告が原告に電話したことは当事者間に争いがない。〈証拠〉を総合するとその内容は原告主張のとおりであつたことが認められる。

三、取立行為の違法性について

9. 請求原因5の事実について

前記の認定事実によれば、被告は原告代理人から代理人選任を受けた旨及び利息制限法による残元本については直ちに支払う旨の通知がなされているのであるから、原告に対する支払の強要は強い制約を受けるべきであるのに原告代理人を除外して直接原告に対し解決を求めており、又原告が訴提起後その取下を迫つたり訴状の字句の説明を強要する等し、夜間原告宅を訪れ原告と子供の二人丈しか在宅していない中で原告から念書をとりつけたり、又保証人二人を同行して人的関係を利用して三時間あまり原告に支払を強要し、畏怖状態にある原告から支払いと訴取下の合意書を作成させる等しており、それが原告に著しい不安と恐怖感を与えたことは原告本人の供述によつても明らかである。従つて、被告の行為は全般的に見ると原告の正当に保護さるべき平穏で自由な生活を営む権利を不当に侵害するもので、債権行使の方法としては許されるべき範囲を逸脱したものと解せざるを得ず、且つそれは貸金業の規制等に関する法律二一条、同法に関する大蔵省通達第二・3(ママ)・(1)・ハ・(ロ)に反する違法なものと言はねばならぬ。被告は右被告の行為は正当なものと反論するが、前記認定とおりその取立行為の態様からみてその主張は失当である。従つて、被告は原告に対し民法七〇九条、七一〇条により損害賠償責任があると解されるが、右認定諸事実、特に右取立行為の態様、そのために原告の蒙つた精神的苦痛の程度等諸般の事情を考え合はせると、原告の受けた精神的苦痛を償うべき慰謝料の額は一〇万〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四、相殺について

10. 請求原因6の事実について

原告が被告に対して一〇万〇、〇〇〇円の損害賠償債権を取得したことは前記認定のとおりであるが、原告が昭和五九年八月一八日被告に到達した本訴状により右損害賠償債権をもつて被告の原告に対する本件貸金残元本債権七万〇、二一九円とを対当額で相殺する意思表示をしたことは記録上明らかである。

そして前記認定の事実関係によると、本件貸金の最終弁済期日は昭和五九年七月七日、右損害賠償債権の発生日は被告の最終取立行為日である同年同月一九日と認められるから右相殺適状は七月一九日に生じ、右相殺により貸金残元本七万〇二五九円は同日消滅し、この金額を控除した二万九、七四一円が被告の支払うべき損害賠償額となる。

五、結論

以上によれば原告の本訴請求は、被告の原告に対する貸金残元本額の不存在の確認と二万九、七四一円とこれに対する昭和五九年八月一八日(相殺適状期後の本訴状送達の日)から支払ずみまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官宇都宮 靖)

別紙債務目録

貸付日 昭和五九年二月二八日

金 額 金一二万〇、〇〇〇円

支払日 期限の定めなし

利 息 日歩二〇銭

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例